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Event / できごと

カルタゴ滅亡

Destruction of Carthage
BC146年
重要度 5

概要

第三次ポエニ戦争の末、市は破壊され住民は売られた。地中海西部にローマの敵はいなくなった。

場所

カルタゴ
36.85°N 10.32°E · チュニジア・チュニス県

関わった人(1)

小スキピオBC185年(BC184年説あり)–BC129年 · ローマ側 · 総指揮

本文

第三次ポエニ戦争に、軍事的な必要はほとんど無かった。 カルタゴは50年前の条約で牙を抜かれている。

大カトーが元老院での発言のたびに 「なおカルタゴは滅ぼされるべきである」と付け加えた話は有名だが、 反対した者もいる。 小スキピオの養祖父の友人ナシカは、 恐れる相手がいなくなればローマは内側から腐ると論じた。

包囲は3年に及んだ。 最後の市街戦は6日続き、家から家へ火が回った。 生き残った5万人が奴隷として売られ、市は取り壊された。 塩を撒いたという話は19世紀の創作とされる。

小スキピオが燃える市を見ながら、 いつかローマも同じ日を迎えると言って泣いた—— と、そばにいたポリュビオスが書いている。

出典(1)

塩野七生 ローマ人の物語II ハンニバル戦記

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