概要
なぜローマが世界を制したのかを、人質として内側から見た者が分析した。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
関わった人(2)
ポリュビオスBC200年頃–BC118年頃 · 著者大カトーBC234年–BC149年 · 同時代人本文
ポリュビオスはギリシアの政治家の子で、 ピュドナの後に人質としてローマへ送られた1000人の一人だった。
小スキピオの家に迎えられ、その友人になる。 カルタゴが燃える場に居合わせたのも、この縁による。
書いたのは「なぜローマは53年で世界を制したのか」という問いだった。 答えとして挙げたのは、王政・貴族政・民主政の三つの要素が 執政官・元老院・民会として組み合わさり、 互いを抑えている点になる。混合政体論と呼ばれる。
この分析は2000年後まで読まれ続けた。 アメリカ合衆国憲法の起草者たちが参照した文献の一つになる。