概要
冠位十二階と十七条憲法を定め、隋へ使者を送った。仏教を国づくりの柱に据える。
関わったできごと(2)
十七条憲法AD604年 · 制定遣隋使AD607年 · 派遣本文
厩戸皇子。推古天皇の甥で、摂政として政務を執ったとされる。
冠位十二階、十七条憲法、遣隋使、 そして仏教の受容。 飛鳥時代の主な事績が、この人の名で語られる。
ただし、そのほとんどは『日本書紀』の記述による。 成立は死から100年後になる。
一度に十人の訴えを聞き分けた、 未来を予知した、といった記述が同じ書に並んでいる。 どこまでが事実で、どこからが理想化かを分けるのは難しい。
「聖徳太子」という呼び名自体、 後世に付けられたものになる。 近年の教科書が「厩戸王」を併記するのは、 その区別を残すためになる。
実在を疑う説まで出たが、 同時代の史料(法隆寺の釈迦三尊像の光背銘など)があり、 そこまでは行き過ぎとされている。