概要
オスマンの最盛期の君主。ウィーンを囲み、地中海を制し、法を整えた。
所属
オスマン帝国関わったできごと(2)
モハーチの戦いAD1526年8月29日 · 総指揮第一次ウィーン包囲AD1529年 · オスマン側 · 総指揮本文
オスマン帝国の第10代スルタン。46年在位した。
西洋では「壮麗者」と呼ばれ、 オスマンでは「カーヌーニー(立法者)」と呼ばれる。
呼び名の違いが、見ている面の違いになる。
軍事では、ベオグラード、ロドス島を取り、 モハーチでハンガリー軍を破り、ウィーンを包囲した。 地中海では、バルバロス・ハイレッディンの艦隊が制海権を握った。
内政では、法を整理した。 イスラーム法(シャリーア)が扱わない領域について、 慣習と勅令を体系化している。
宮廷では、奴隷出身の女性ヒュッレム(ロクセラーナ)を 正式に妻とした。 先例を破る扱いで、その後の宮廷政治に影響した。
寵臣の大宰相イブラヒムを処刑し、 後継争いのなかで長男ムスタファも処刑している。
遠征の陣中で死んだ。 死は数週間伏せられ、軍が動揺しないよう秘された。