概要
アナトリア北西の小さな君侯国から始まり、コンスタンティノープルを落とし、三大陸にまたがった。19世紀に外から削られ、第一次世界大戦の敗戦で解体する。
版図の移り変わり(13)
- AD1300 – AD1388アナトリア北西の一角
- AD1389 – AD1452コソヴォの戦い。バルカンの東半分へ
- AD1453 – AD1459コンスタンティノープル陥落。アナトリアとバルカンがつながる
- AD1460 – AD1516モレアス専制侯領を併合。東ローマの最後の残りが消える
- AD1517 – AD1540セリム1世がマムルーク朝を滅ぼす。エジプトと聖地を得る
- AD1541 – AD1570スレイマン1世。ハンガリーと北アフリカへ
- AD1571 – AD1602キプロス征服。地中海東部を握る
- AD1603 – AD1668サファヴィー朝のアッバース1世にコーカサスを奪い返される
- AD1669 – AD1698カンディア陥落。24年の攻囲でヴェネツィアからクレタを取る
- AD1699 – AD1829カルロヴィッツ条約。初めて領土を手放す
- AD1830 – AD1877ギリシア独立とアルジェリア喪失。削られる側に回る
- AD1878 – AD1917ベルリン条約。バルカンの大半を失う
- AD1918 – AD1922第一次世界大戦の敗戦。アラブ地域を失い、アナトリアだけが残る
この国の人物(5)
メフメト2世AD1432年3月30日–AD1481年5月3日スレイマン1世AD1494年–AD1566年バヤズィト1世(雷帝)AD1360年–AD1403年3月8日ピーリー・レイースAD1465年頃–AD1553年ミマール・スィナンAD1489年頃–AD1588年7月17日本文
本文はまだ書かれていません。