概要
芸人の娘から皇后になった。ニカの乱で逃げようとした夫を思いとどまらせたと伝わる。
所属
東ローマ帝国関わったできごと(2)
ニカの乱AD532年1月13日 · 皇后ユスティニアヌスの再征服533年 · 支えた本文
父は競技場の熊の飼育係で、 自身は少女のころ舞台に立っていた。 当時、女優は最下層の扱いを受ける職業だった。
ユスティニアヌスは、 身分違いの結婚を禁じる法律のほうを変えて結婚した。
532年のニカの乱で、 暴徒に囲まれた皇帝が逃げようとしたとき、 「帝衣は最も美しい経帷子」と言って引き止めたと プロコピオスは書く。 残って鎮圧し、政権は保たれた。
法制の面では、 女性の財産権を広げ、離婚の条件を緩め、 強制的な売春を禁じる法を出させている。 自分が出てきた場所を、意識していたと読める。
プロコピオスは公式の歴史を書きながら、 別に『秘史』を書いて彼女を口汚く罵った。 評価の材料が、同じ人物の二つの筆にある。