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Person / 人

テオドラ

Theodora
AD500年頃 – AD548年(享年48・推定)
東ローマ帝国重要度 3

概要

芸人の娘から皇后になった。ニカの乱で逃げようとした夫を思いとどまらせたと伝わる。

所属

東ローマ帝国

関わったできごと(2)

ニカの乱AD532年1月13日 · 皇后ユスティニアヌスの再征服533年 · 支えた

本文

父は競技場の熊の飼育係で、 自身は少女のころ舞台に立っていた。 当時、女優は最下層の扱いを受ける職業だった。

ユスティニアヌスは、 身分違いの結婚を禁じる法律のほうを変えて結婚した。

532年のニカの乱で、 暴徒に囲まれた皇帝が逃げようとしたとき、 「帝衣は最も美しい経帷子」と言って引き止めたと プロコピオスは書く。 残って鎮圧し、政権は保たれた。

法制の面では、 女性の財産権を広げ、離婚の条件を緩め、 強制的な売春を禁じる法を出させている。 自分が出てきた場所を、意識していたと読める。

プロコピオスは公式の歴史を書きながら、 別に『秘史』を書いて彼女を口汚く罵った。 評価の材料が、同じ人物の二つの筆にある。