概要
北アフリカとイタリアを取り戻した。ただし戦費と疫病で国は疲れ、この領土は次の世代で失われる。
場所
ラヴェンナ(総督府)
44.42°N 12.20°E · イタリア・エミリア=ロマーニャ州
44.42°N 12.20°E · イタリア・エミリア=ロマーニャ州
関わった人(2)
ユスティニアヌス1世AD482年頃–AD565年11月14日 · 命令テオドラAD500年頃–AD548年 · 支えた本文
将軍ベリサリオスが、 まず北アフリカのヴァンダル王国を、わずか数か月で滅ぼした。
次にイタリアへ渡り、東ゴート王国と戦った。 こちらは20年かかっている。
取り返した。地中海が、再びほぼ一つの帝国に囲まれる。
代償が大きかった。
イタリアは、20年の戦争で荒れ果てた。 ローマは何度も攻囲され、水道が破壊され、 人口が激減している。 古代都市としてのローマは、この戦争で終わったという見方がある。
税を重くして戦費を賄い、東方の防備が薄くなった。
そして541年、疫病が来る。
取り返した領土は、 次の世代でほとんど失われた。 イタリアはランゴバルドに、 北アフリカはアラブ軍に。
過去を取り戻そうとして、 未来のための力を使い果たした例として語られる。
出典(2)
プロコピオス 『秘史』全篇(公刊された戦史とは逆の評価)
エドワード・ギボン 『ローマ帝国衰亡史』第41章