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Person / 人

ユスティニアヌス1世

Justinian I
AD482年頃 – AD565年11月14日(享年83・推定)
東ローマ帝国重要度 4

概要

地中海の旧領を一時取り戻し、ローマ法を集大成した。ハギア・ソフィアを建てる。

所属

東ローマ帝国

関わったできごと(5)

アテナイのアカデメイア閉鎖AD529年 · 命令ニカの乱AD532年1月13日 · 皇帝ユスティニアヌスの再征服533年 · 命令ローマ法大全AD534年 · 命令ハギア・ソフィアの完成AD537年 · 命令

本文

農民の家に生まれ、叔父が皇帝になったことで宮廷に入った。

その叔父ユスティヌス1世は、 文字が書けなかったと伝わる。 署名用の型板を使っていた、と。

妻テオドラは芸人の娘だった。 身分違いの結婚を禁じる法を変えて娶っている。

やったことが多い。

ローマ法の集大成。 ハギア・ソフィアの建設。 北アフリカとイタリアの再征服。

同時に、負担も大きかった。 重税で反乱(ニカの乱)が起き、 競技場で数万人が殺された。

そして疫病が来る。

「眠らない皇帝」と呼ばれた。 夜通し執務室を歩き回っていた、と。

プロコピオスは公式の歴史を書きながら、 別に『秘史』を書いて、 彼を悪魔だと罵っている。 同じ人物の二つの筆が、両方残った。