概要
中央アジアから西アジア・インドまで席巻した。サマルカンドを学問と建築の都にする。
所属
ティムール朝関わったできごと(2)
ティムール帝国の拡大1370年 · 当人アンカラの戦いAD1402年7月20日 · ティムール側 · 総指揮本文
モンゴルの血を引くと称したが、チンギスの直系ではない。 そのためハンを名乗れず、 傀儡のハンを立てて自らはアミールに留まった。
若い頃の負傷で、右足と右腕が不自由だった。 「ティムール・イ・ラング(跛のティムール)」から タメルランという呼び名になる。 1941年に墓が開かれ、遺骨がその損傷を裏づけた。
遠征のたびに、抵抗した都市で虐殺を行った。 頭蓋骨の塔を築いた記録が複数の都市に残る。
同時に、職人と学者は殺さずサマルカンドへ連れ帰った。 青いタイルの建築様式は、この集積から広がる。
孫のウルグ・ベクが天文台を建て、 1018個の星の位置を測った。
明への遠征に出発した直後、 その途上で死んだ。 向かった先の国は、来ることを知らなかった。