概要
ティムールがオスマンの君主を捕らえた。おかげでコンスタンティノープルの陥落は半世紀遅れる。
場所
アンカラ
39.93°N 32.86°E · トルコ
39.93°N 32.86°E · トルコ
関わった人(1)
ティムールAD1336年4月9日–AD1405年2月18日 · ティムール側 · 総指揮本文
ティムールが、オスマンの君主バヤズィト1世を捕らえた。
オスマンは当時、 コンスタンティノープルを包囲していた。
その包囲が解ける。
東ローマは、これで半世紀延命した。
バヤズィトは捕虜のまま死んだ。 籠に入れて連れ回されたという話が伝わるが、 後世の創作とされる。
オスマンは、その後11年の空位期間に入る。 四人の王子が争った。
普通なら、ここで滅んでもおかしくない。
立ち直った理由として、 バルカン半島の支配が安定していたこと、 そしてティムールが引き揚げたことが挙げられる。
ティムールは、オスマンを滅ぼす気が無かった。 明への遠征のほうへ向かい、その途上で死ぬ。