概要
父の雪辱を期してギリシアへ大軍を送ったが、サラミスで艦隊を失った。
所属
アケメネス朝ペルシア関わったできごと(2)
サラミスの海戦BC480年9月 · ペルシア側 · 総指揮テルモピュライの戦いBC480年8月 · ペルシア側 · 総指揮本文
父ダレイオスの雪辱を期して、大軍を送った。
ヘロドトスは兵力を数百万と書くが、 現代の推計では十数万から30万になる。
ヘレスポントスに船橋を架けた。 嵐で壊れると、海を鞭打たせたという話がある。 傲慢さを示す挿話として書かれている。
サラミスの海戦を、岸の高台から見物した。 勝つところを見るつもりだった。
負けた後、本国へ帰り、 軍の一部を残した。 その軍が翌年プラタイアで敗れる。
以後、ギリシアへは向かわなかった。
ペルセポリスの建設を進めている。 「万国の門」を建てたのはこの王になる。
宮廷の陰謀で、近衛の隊長に暗殺された。
ヘロドトスの描く姿は、 ギリシア側から見た暴君になる。 ペルシア側の記録は、ほとんど残っていない。