概要
劉備を三顧の礼で迎えられ、蜀を支えた。北伐の途上、五丈原で陣没する。
関わったできごと(3)
三顧の礼AD207年 · 出た街亭の戦いAD228年 · 丞相五丈原と諸葛亮の死AD234年 · 当人本文
27歳まで、荊州で農耕をしながら学んでいた。
三顧の礼で迎えられ、天下三分の計を示した。
まず荊州と益州を取り、 呉と結んで魏に当たる。
その通りに進んだ。
劉備の死後、幼い後主を補佐した。
法を厳しく、公平に適用した。 自分が抜擢した馬謖が命令に背いて敗れたとき、 泣いて斬っている。
五度、北伐を行った。
蜀は国力で魏に大きく劣る。 それでも攻めた理由として、 守れば差が開く一方だから、という説明がされる。
出師の表が残っている。 出発にあたって後主に上奏した文書になる。
「臣、本布衣、南陽に躬耕す」で始まる。
五丈原で陣没した。54歳。