概要
五度目の北伐の陣中で没した。蜀が魏を倒す望みはここで絶たれる。
場所
五丈原位置は特定されていない(誤差 ±10km)
34.40°N 107.62°E · 中国・陝西省岐山
34.40°N 107.62°E · 中国・陝西省岐山
関わった人(2)
諸葛亮AD181年–AD234年 · 当人司馬懿AD179年–AD251年 · 魏側 · 対峙本文
諸葛亮が、五度目の北伐の陣中で死んだ。
蜀は、魏に対して国力で大きく劣る。 人口で数分の一、兵力でも同様になる。
それでも攻めた理由として、 守りに徹すれば差が開く一方だから、という説明がされる。
五丈原で、司馬懿と対峙した。 司馬懿は出てこない。持久すれば勝てる。
諸葛亮は女性の衣服を送って挑発した。 司馬懿は怒らず、 使者に諸葛亮の食事の量と仕事の量を尋ねた。
食が細く、仕事が多いと聞いて 「長くはない」と言ったと伝わる。
その通りになった。54歳。
死後、その像を掲げて退却したところ、 司馬懿が追撃をためらった。 「死せる孔明、生ける仲達を走らす」という言葉になる。
蜀は29年後に滅びる。