概要
1600人が同時に入れた。図書館、運動場、庭園。皇帝は弟を母の腕の中で殺した人で、浴場は民衆への贈り物だった。廃墟はいまオペラの野外劇場になる。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
本文
212年に着工、216年に開いた。 アッピア街道の近く、アウェンティヌスの丘の南。
11ヘクタール。 中央の建物だけで214×110メートル。 1600人が入れ、一日に6000人から8000人が来た。 冷浴室、温浴室、熱浴室、 熱浴室は直径35メートルの円形で、ドームだった。 体育場が二つ、 ギリシア語とラテン語の図書館、 庭園、店、 地下に奴隷の通路と炉と倉庫。 水は専用の水道(アクア・アントニニアナ)で引いた。 壁は大理石、床はモザイク、 彫像はファルネーゼのヘラクレス、ファルネーゼの牡牛。 16世紀にファルネーゼ家が掘り出して、いまナポリにある。
入場は無料か、ごく安かった。 皇帝が民に与えるものだった。 カラカラは前年に弟ゲタを母の腕の中で殺し、 翌年にはローマ帝国の全自由民に市民権を与え、 その翌年に自分の兵に殺された。
537年、ゴートが水道を切って、浴場は止まった。 以後、廃墟。 中世には採石場。 1937年からオペラの野外劇場になり、 ローマの夏に『アイーダ』をやる。 1990年、三大テノールの最初の演奏会がここだった。
ペンシルヴァニア駅(1910年、取り壊し済み)の待合室は、 この熱浴室を写して作られた。