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Event / できごと

『傷寒論』

Treatise on Cold Damage
AD200年頃
重要度 3

概要

熱病の経過を段階に分け、段階ごとに処方を定めた。一族の三分の二を疫病で失った医者が書いた。漢方の処方の多くがここから来ている。

場所

洛陽
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省

関わった人(1)

張仲景AD150年頃–AD219年頃 · 著者

本文

後漢の終わり、疫病が繰り返した。

張仲景は序文に書いている。

一族200人あまりのうち、 10年で3分の2が死に、その7割が傷寒だった、と。

傷寒は、寒さに傷つけられる病。

急性の熱病になる。

病の経過を六つの段階に分けた。

太陽、陽明、少陽、太陰、少陰、厥陰。

熱が体の表にあるとき、 内に入ったとき、 体力が尽きたとき。

段階ごとに処方を定める。

葛根湯、桂枝湯、小柴胡湯。

いまも薬局に並んでいる名になる。

原本は戦乱で散り、 晋の王叔和が集め直した。

宋の時代に校訂されて広まる。

日本の漢方は、 この本の処方を中心に作られている。

症状の組み合わせから処方を選ぶ、 という考え方の出発点になる。

出典(1)

張仲景 傷寒論序文

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