概要
戦乱で荒れた田に、兵と流民を入れて耕させ、収穫の半分を取った。1年で100万石。「兵を養う方法を、これで得た」。曹操が勝った理由は、戦の前に米があったことになる。
場所
34.03°N 113.85°E · 中国・河南省
関わった人(1)
曹操155年–220年3月15日 · 命じた本文
董卓の乱から、 6年。 華北は、 荒れた。 「白骨、 野に、 露わる。 千里、 鶏鳴、 なし」。 曹操の詩。 「蒿里行」。 袁紹の兵は、 桑の実を、 食べた。 袁術の兵は、 蒲と、 貝を。 人が、 人を。 軍は、 略奪で、 食べた。 略奪する、 村が、 なくなった。
BC196年。 建安元年。 献帝を、 許に、 迎えた年。 棗祗。 韓浩。 「屯田を」。 漢の、 辺境の、 制度。 兵に、 田を、 耕させる。 それを、 内地で。 許の、 周り。 流民を、 集めた。 「民屯」。 牛を、 国が、 貸す。 収穫の、 6割を、 国に。 自分の牛なら、 5割。 「兵屯」。 兵が、 戦のない時に、 耕す。 黄巾の、 降兵。 青州兵。 30万。 その、 家族。 農具と、 牛も、 持っていた。 「黄巾は、 農民の、 反乱軍だったから」。 1年で、 穀物、 100万斛。 許昌の、 周りだけで。 「州郡に、 田官を置いた」。 「倉が、 満ちた」。 『三国志』武帝紀の、 注。 『魏書』。 「軍国の、 費用は、 足りた」。 「征伐に、 四方に、 出て、 糧を、 運ぶ、 労が、 なかった」。 「群賊を、 滅ぼして、 天下を、 平らげた」。 「屯田の、 おかげ」。
任峻。 典農中郎将。 「屯田は、 任峻から」。 国淵。 「5年で、 5倍」。 鄧艾。 40年後。 淮河。 「軍屯」。 5万人。 運河。 「10年で、 300万斛」。 呉との、 国境に。 「蜀を、 滅ぼした」。 軍が、 米を、 持っていた。
袁紹は、 河北を、 持っていた。 人口は、 曹操の、 何倍も。 官渡で、 負けた。 「烏巣」。 袁紹の、 糧秣を、 焼いた。 袁紹の、 兵は、 翌日、 崩れた。 曹操の、 兵には、 米が、 あった。 許から。 「戦は、 米で、 決まる」。 「兵法」は、 それを、 言っていた。 曹操は、 『孫子』に、 注を、 つけた。 「軍に、 輜重なければ、 亡ぶ。 糧食なければ、 亡ぶ」。 注をつける前に、 やった。