概要
『後漢書』に「桓帝と霊帝のあいだ、倭国は大いに乱れ、互いに攻めた」とある。何年も王がなく、女子を共立して王とした。それが卑弥呼だと『魏志』は続ける。列島の歴史が文字で読める最初の争い。
場所
吉野ヶ里
33.33°N 130.38°E · 佐賀県
33.33°N 130.38°E · 佐賀県
本文
『後漢書』東夷伝。 「桓・霊の間、倭国大いに乱れ、更々相攻伐し、歴年主なし」。 桓帝と霊帝の時代、146年から189年のあいだ。
『魏志』倭人伝はもう少し詳しい。 「その国、本また男子を以て王となし、住まること七、八十年、 倭国乱れ、相攻伐すること歴年、乃ち共に一女子を立てて王となす。名づけて卑弥呼という」。
何が起きたかは、これしか書かれていない。 何十年か王がいて、何年か戦って、 戦いを止めるために、一人の女性を王に共立した。
同じ頃、列島では高地性集落が増える。 見晴らしのよい山の上に、逃げ城のような村を作った。 吉野ヶ里には二重の環濠と物見櫓が復元されている。 首のない人骨や、矢の刺さった骨が出た。
倭国大乱を、九州の中の争いと見るか、 瀬戸内を含む広い範囲と見るかで、邪馬台国の場所の説が分かれる。 列島の歴史が文字で読める、最初の争いになる。