概要
「大秦王安敦」の使者が海路で日南に着き、象牙と犀の角を献じた、と後漢書が記す。マルクス・アウレリウスの使者か、商人の名乗りかは分からない。
場所
洛陽
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省
本文
『後漢書』西域伝に、一行ある。
桓帝の延熹9年、大秦王安敦の使者が 日南の郡境から来て、象牙と犀の角と玳瑁を献じた。
大秦はローマを指す。
安敦は、アントニヌスになる。
マルクス・アウレリウス・アントニヌスが皇帝の年で、 時期は合う。
だが、献上品がローマの産物ではない。
東南アジアの品になる。
皇帝の使者ではなく、 インド洋を通る商人が「ローマの使者」を名乗ったのだろう、 と考えられている。
それでも、この一行が、 ローマと漢が互いを知っていたことを示す。
漢はその前に、班超が甘英を大秦へ送っている。
甘英はペルシア湾の岸で パルティア人に海の恐ろしさを聞かされて引き返した。
両側から手を伸ばして、届かなかった。
品物と病気は、その間を行き来していた。
出典(1)
范曄 『後漢書』西域伝