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Event / できごと

党錮の禁

Partisan Prohibitions
AD166年
重要度 3

概要

宦官が官僚と学生を弾圧し、政治を正そうとする側が排除された。後漢の統治が内側から傷む。

場所

洛陽
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省

本文

宦官と、官僚・学生の対立になる。

後漢では、幼い皇帝が続いた。 実権は外戚が握り、 皇帝が成長すると宦官を使って外戚を除く。 その繰り返しで、宦官の力が強くなっていた。

官僚と太学の学生が、宦官の腐敗を批判した。 清流と呼ばれる。

宦官の側は、彼らを「党人」——徒党を組む者として 告発し、逮捕した。

二度にわたって行われ、 数百人が処刑または禁錮となり、 その一族と門下も生涯官職に就けなくなった。

政治を正そうとする側が、 制度から排除された。

20年後、黄巾の乱が起きる。 禁錮を解いて彼らを起用したときには、 すでに手遅れだった。

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