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Event / できごと

アントニヌスの疫病

Antonine Plague
165年 – 180年
期間を持つできごと重要度 4

概要

東方遠征から戻った軍が持ち帰った。天然痘とされる。帝国の人口の1割前後が死に、マルクス・アウレリウスの治世の背景になる。

場所

ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州

本文

165年、パルティアと戦った軍がメソポタミアから戻り、病を持ち帰った。 ガレノスが症状を記録している。発疹、熱、下痢。 天然痘だったと考えられているが、確定はしていない。

流行は15年続き、帝国の隅々まで届いた。 死者の数は分からない。人口の1割前後という推定が多く、 兵と都市の住民が多く死んだので、軍と税に直接響いた。

皇帝ルキウス・ウェルスもこの病で死んだとされる。 マルクス・アウレリウスの治世は、ドナウでの戦争とこの疫病の中にあった。 『自省録』はその陣中で書かれている。

帝国の衰えの始まりをここに置く見方と、 一時の打撃で回復したとする見方の両方がある。

出典(2)

塩野七生 ローマ人の物語IX 賢帝の世紀
ウィリアム・H・マクニール(佐々木昭夫 訳) 疫病と世界史第3章 ユーラシアにおける疾病バランスの均衡

同じ時代のできごと

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