概要
北方の戦陣で皇帝が自分に向けて書いた覚え書き。公開するつもりのない文章が残った。
関わった人(1)
マルクス・アウレリウス121年4月26日–180年3月17日 · 著者本文
ドナウ川の戦線で、ギリシア語で書かれた。 人に読ませるつもりの文章ではない。 標題も無く、後世に『自省録』と呼ばれるようになった。
内容は、自分への言い聞かせである。 腹を立てるな、人は変えられない、 おまえも明日死ぬかもしれない。 同じことを何度も書いている。 何度も書く必要があった、ということでもある。
哲人皇帝と呼ばれるが、治世は疫病と戦争に費やされた。 帝国全土に広がった疫病(アントニヌスの疫病)は 数百万人を殺したと推計される。
後を継いだ息子コンモドゥスは、 父とはまったく違う統治をした。 五賢帝の時代が、実子相続に戻ったところで終わる。