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Event / できごと

董卓の洛陽焼き討ち

Dong Zhuo burns Luoyang
AD190年
重要度 4

概要

都を焼いて長安へ遷った。皇帝は名だけになり、各地の実力者が割拠しはじめる。

場所

洛陽
34.62°N 112.45°E · 中国・河南省

関わった人(1)

董卓?–AD192年 · 当人

本文

董卓は、洛陽の混乱に乗じて入城し、 皇帝を廃立して実権を握った。

各地の実力者が連合して討伐に向かった。

董卓は、都を捨てることにした。 洛陽に火を放ち、 住民を強制的に長安へ移させた。

歴代の陵墓を暴いて副葬品を奪ったと伝わる。

数百年の都が焼けた。 宮中の蔵書もこのとき失われている。

長安で、部下の呂布に殺された。 王允の計略によるとされる。

董卓が死んでも、秩序は戻らなかった。

皇帝は名だけの存在になり、 各地の実力者が自分の領地を持つ。

曹操が皇帝を保護して「天子を奉じて不臣を討つ」形を取るのは、 この後になる。

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