概要
曹操の南下が水上で阻まれ、中国の統一が遠のいた。三国が並び立つ時代に入る。
場所
赤壁位置は特定されていない(誤差 ±30km)
29.72°N 113.93°E · 中国・湖北省(位置に諸説ある)
29.72°N 113.93°E · 中国・湖北省(位置に諸説ある)
関わった人(1)
曹操155年–220年3月15日 · 曹操側 · 総指揮本文
曹操の南下が、水上で阻まれた。
北方の兵は船に慣れていない。 船酔いを防ぐため、 船を鎖で繋いだと『三国志演義』は書く。
正史の記述はもっと簡素になる。 疫病が曹操軍に広がっていたこと、 そして火攻めで船が焼けたことが書かれている。
黄蓋が偽って降伏を申し出て、 火をつけた船で突っ込んだ。
風向きが変わった。 諸葛亮が祈って東南の風を呼んだという場面は、 演義の創作になる。
損害の規模も、 演義の80万という数字は誇張とされる。
この敗戦で、曹操は南下を断念した。
中国の統一が、以後70年遅れる。
出典(1)
陳寿 『三国志』呉書 周瑜伝