← 地図で見る
Event / できごと

クレオパトラの死

Death of Cleopatra
BC30年8月12日(10日説あり)
重要度 4

概要

プトレマイオス朝が終わり、エジプトはローマの属州になった。死の日付には異説がある。

場所

アレクサンドリア
31.20°N 29.92°E · エジプト

関わった人(1)

クレオパトラ7世BC69年–BC30年8月12日(10日説あり) · 当人

本文

アントニウスの死後、オクタウィアヌスと会っている。 交渉が不調に終わり、凱旋式で引き回されることが 確実になった時点で死を選んだ。

毒蛇(アスプ)に噛ませたという話が有名だが、 プルタルコスの時点で既に「誰も確かなことを知らない」と書かれている。 毒針、軟膏、隠し持った毒薬という説がある。

彼女はプトレマイオス朝の最後の君主で、 その王朝はアレクサンドロスの将軍が開いたものだった。 300年続いたヘレニズムの王国が、ここで終わる。

エジプトは属州にならず、 皇帝の私領として直接支配された。 穀倉を元老院議員に渡さないためである。 ローマ市民の食糧の相当部分が、この地から来ていた。

出典(1)

塩野七生 ローマ人の物語V ユリウス・カエサル ルビコン以後

同じ時代のできごと

ルビコン渡河BC49年1月10日ファルサルスの戦いBC48年8月9日タプススの戦いBC46年4月6日ムンダの戦いBC45年3月17日ユリウス暦の施行BC45年1月1日カエサル暗殺BC44年3月15日第二回三頭政治とキケロの死BC43年フィリッピの戦いBC42年10月23日