概要
プトレマイオス朝が終わり、エジプトはローマの属州になった。死の日付には異説がある。
場所
アレクサンドリア
31.20°N 29.92°E · エジプト
31.20°N 29.92°E · エジプト
関わった人(1)
クレオパトラ7世BC69年–BC30年8月12日(10日説あり) · 当人本文
アントニウスの死後、オクタウィアヌスと会っている。 交渉が不調に終わり、凱旋式で引き回されることが 確実になった時点で死を選んだ。
毒蛇(アスプ)に噛ませたという話が有名だが、 プルタルコスの時点で既に「誰も確かなことを知らない」と書かれている。 毒針、軟膏、隠し持った毒薬という説がある。
彼女はプトレマイオス朝の最後の君主で、 その王朝はアレクサンドロスの将軍が開いたものだった。 300年続いたヘレニズムの王国が、ここで終わる。
エジプトは属州にならず、 皇帝の私領として直接支配された。 穀倉を元老院議員に渡さないためである。 ローマ市民の食糧の相当部分が、この地から来ていた。
出典(1)
塩野七生 『ローマ人の物語』V ユリウス・カエサル ルビコン以後