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Event / できごと

パプアニューギニアの独立

Independence of Papua New Guinea
AD1975年9月16日
重要度 3

概要

800を超える言語が話される土地が、一つの国として独立した。植民地の境界線がそのまま国境になった例で、統合はいまも課題として残る。

場所

ポートモレスビー
-9.44°N 147.18°E · パプアニューギニア

本文

ニューギニア島の東半分は、北をドイツ、南をイギリスが取り、 第一次世界大戦のあとオーストラリアがまとめて統治した。

内陸の高地に数十万人が住んでいると分かったのは、1930年代になる。 金を探した探検隊が谷に入って、初めて外の世界と接触した。 つまり、この島の多くの人にとって、外の世界は祖父母の代の出来事になる。

800を超える言語がある。 国の人口に対する言語の数として、世界で最も多い。 共通語として、英語のほか、ピジンとヒリモツが使われる。

1975年9月16日、独立した。 初代首相はマイケル・ソマレ。

課題はそのまま残った。 ブーゲンビル島は銅山の利益の配分をめぐって1988年から内戦になり、 2019年の住民投票で98%が独立に賛成している。

植民地の線をそのまま国境にした国が、 その内側で一つになれるかどうか、という問いが続いている。

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