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Event / できごと

ソークのポリオワクチン

Salk polio vaccine
AD1955年4月12日
重要度 4

概要

180万人の子供で試験した結果が発表された。「安全で効く」。教会の鐘が鳴った。ソークは特許を取らなかった。「太陽に特許があるか」。アメリカのポリオは年5万人から数百人に。サビンの経口ワクチンが続き、2020年にアフリカから野生株が消えた。

場所

ピッツバーグ
40.44°N -79.99°E · アメリカ・ペンシルベニア州

関わった人(1)

ジョナス・ソークAD1914年10月28日–AD1995年6月23日 · 開発

本文

ポリオ。小児麻痺。夏。プール。1916年、ニューヨークで2000人が死んだ。1952年、アメリカで5万8000人が発症し、3000人が死に、2万人が麻痺した。 ルーズベルト。39歳で。「10セント行進」。 ジョナス・ソーク。ピッツバーグ大学。1947年から。 不活化。ホルマリンで殺したウイルス。サビンは「生きたウイルスを弱めて口から」。 1952年、施設の子供に。1953年、自分と妻と3人の息子に。 1954年、180万人の子供。「ポリオ・パイオニア」。二重盲検。カナダとフィンランドでも。 1955年4月12日。アナーバー。ミシガン大学。ルーズベルトの命日。 トマス・フランシスが結果を読み上げた。1時間40分。「安全で、効果があり、強力」。 記者が電話に走った。教会の鐘。工場のサイレン。学校で黙祷。 エドワード・R・マローが「特許は誰が持つのか」。「人々が、だろう。太陽に特許があるか」。 2週間後、カッター事件。カッター社のワクチンにウイルスが生きていた。4万人が発症、200人が麻痺、10人が死んだ。製造を止め、基準を変え、再開した。 1957年、年5600人。1961年、161人。 サビンの経口ワクチンが1961年から。安く、飲むだけ。アメリカはサビンに切り替えた。 ソークとサビンは死ぬまで口をきかなかった。 1988年、WHOが根絶を宣言した年、35万人。2020年、アフリカで野生株が消えた。残るのはパキスタンとアフガニスタン。年数十人。 サビンのワクチンは稀に弱めたウイルスが戻る。それでソークの不活化に戻す国が増えた。 ソーク研究所。ラホヤ。ルイス・カーン。海に向かう広場。 ソークはノーベル賞をもらわなかった。「新しいことをしていない。あるものを組み合わせただけ」と委員会。 ピッツバーグ大学のソークの研究室は、いま普通の教室。

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