概要
毎月第一木曜のラジオ放送で、アラブ世界の街から人が消えたと言われる。一曲を1時間かけ、同じ一行を客の反応を見ながら何度も変えて歌った。
場所
カイロ
30.04°N 31.24°E · エジプト
30.04°N 31.24°E · エジプト
関わった人(1)
ウンム・クルスームAD1898年頃–AD1975年2月3日 · 歌手本文
村の宗教歌手の娘で、 少年の服を着せられて父と歌っていた。
女の子が人前で歌うのが憚られたためになる。
カイロへ出て、頂点に立った。
1930年代から、 毎月第一木曜の夜に生放送があった。
その時間、アラブ世界の街から人が消えたと言われる。
カイロからバグダードから、モロッコまで。
歌い方が独特だった。
一曲が1時間を超える。
同じ一行を、その日の客の反応を見ながら 少しずつ変えて何度も繰り返す。
同じ歌が、二度と同じにならない。
聴衆が「もう一度」と叫ぶ。
その求めに応じて、また変えて歌う。
1967年の敗戦のあと、各国を回って 収益を国に寄付した。
葬儀に400万人が集まったとされる。
死後50年たっても、 カイロのタクシーで流れている。