概要
馬に乗って戦う集団が黒海北岸に現れた。彼ら自身は文字を持たず、記録はギリシアと中国の側にしかない。
場所
黒海北岸の草原位置は特定されていない(誤差 ±500km)
47.50°N 34.00°E · ウクライナ・ロシア南部(スキタイの活動範囲)
47.50°N 34.00°E · ウクライナ・ロシア南部(スキタイの活動範囲)
本文
黒海の北の草原に、馬に乗って戦う集団が現れた。
鐙はまだ無い。 それでも、走りながら弓を引いた。
彼ら自身は文字を持たない。 記録は、ギリシアと、後には中国の側にしかない。
ヘロドトスが詳しく書いている。 家を持たず、荷車で移動し、 敵の頭蓋骨を杯にする、と。 どこまで正確かは分からない。
墓(クルガン)から、精巧な黄金の細工が出る。 鹿や豹をかたどった意匠で、 「動物文様」と呼ばれる様式になる。
その様式が、東はモンゴル高原まで分布する。 草原が一続きの文化圏だったことが分かる。
農耕社会にとって、 馬に乗る集団は千年以上の脅威であり続けた。