概要
艦隊を仕立ててベンガル湾を越え、シュリーヴィジャヤの港を攻めた。インドの王朝が海の向こうへ軍を出した、数少ない例になる。
所属
チョーラ朝関わったできごと(2)
チョーラ朝の海上進出AD1025年 · 王チョーラのシュリーヴィジャヤ遠征AD1025年 · 総指揮本文
父の作った海軍を使って、ベンガル湾を渡った。
ガンジス川まで北上して「ガンガイコンダ(ガンジスを取った者)」を名乗り、 新しい都をその名で建てた。
そして1025年、東南アジアへ艦隊を送る。 シュリーヴィジャヤの主要な港を次々に襲った。
征服して統治するためではない。 交易の条件を変えさせるための遠征だった。 中国との交易で、シュリーヴィジャヤが 中継の利を取りすぎていたとされる。
インドの王朝が、海の向こうへ大規模な遠征を行った 数少ない例になる。
同じ時期、中国の宋へ使節を送っている。 南インドから東南アジアを経て中国まで、 一つの経済圏として見ていたことになる。