概要
ベンガル湾を渡って、海峡の港市国家を攻めた。インドの王朝が海の向こうへ軍を送った、数少ない例になる。
場所
パレンバン
-2.98°N 104.78°E · インドネシア(シュリーヴィジャヤの中心)
-2.98°N 104.78°E · インドネシア(シュリーヴィジャヤの中心)
関わった人(1)
ラージェーンドラ1世AD971年頃–AD1044年 · 総指揮本文
ラージェンドラ1世の軍が、ベンガル湾を渡った。
目標はシュリーヴィジャヤになる。
マラッカ海峡を握り、 インドと中国の間を通る船から通行料を取っていた港市国家。
チョーラの商人たちにとって、その関税が重かった。
遠征の記録は、タンジャーヴールの碑文に残っている。
13の港を落とし、王を捕らえ、 宝石で飾られた門を持ち帰った、と。
占領はしていない。
一度打撃を与えて帰った。
だがその後、海峡の通行は緩んだ。
チョーラの商人ギルドがスマトラやマレー半島に拠点を置き、 タミル語の碑文がそこに残っている。
中国の史料にも、チョーラ(注輦)の使節が 1015年と1033年に来たことが記されている。
インドの王朝が海の向こうへ軍を送った例は、 ほとんどこれしかない。