概要
南インドの王朝がスリランカから東南アジアまで艦隊を送った。インド洋が一つの交易圏として動く。
場所
タンジャーヴール
10.79°N 79.14°E · インド・タミルナードゥ州(チョーラ朝)
10.79°N 79.14°E · インド・タミルナードゥ州(チョーラ朝)
関わった人(2)
ラージェーンドラ1世AD971年頃–AD1044年 · 王ラージャラージャ1世?–AD1014年 · 基礎を築いた本文
南インドの王朝が、艦隊を仕立てて海を越えた。
まずスリランカを制圧し、 次にラージェーンドラ1世がベンガル湾を渡って シュリーヴィジャヤの港を襲った。
理由については、 中国との交易でシュリーヴィジャヤが 中継料を取りすぎたためという説が有力になる。 交易路をめぐる戦争だった。
征服して支配したわけではない。 港を叩いて、通行の条件を変えさせた。
同じ時期、チョーラは中国へ使節を送っている。 宋の記録に残る。 南インド、東南アジア、中国が 一つの海の交易圏として動いていたことになる。
タンジャーヴールの大寺院は、この時代の富で建てられた。