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Event / できごと

ミュンスターの再洗礼派

Münster rebellion
AD1534年
重要度 3

概要

再洗礼派が市を取り、財産を共有し、一夫多妻にし、仕立屋のヤンが「新しいエルサレム」の王になった。16か月の包囲のあと、王は鉄の檻に入れられて広場で殺され、檻は教会の塔に吊るされた。いまも吊るしてある。

場所

ミュンスター
51.96°N 7.63°E · ドイツ

本文

ミュンスター。 ヴェストファーレン。 司教領。 1532年、 説教師ベルンハルト・ロートマンが、 市をルター派にした。 1533年、 再洗礼派に。 オランダから。 メルヒオール・ホフマン。 「1533年に、 キリストが来る」。 「ストラスブールに」。 ホフマンは獄に。 弟子たちが、 ミュンスターへ。 「新しいエルサレム」。 ヤン・マティス。 ハールレムのパン屋。 ヤン・ファン・ライデン。 ライデンの仕立屋。 25歳。

1534年2月。 市の選挙。 再洗礼派が勝った。 2月27日。 「洗礼を受けるか、 出ていくか」。 雪の中。 数千人が出た。 数千人が入った。 財産の共有。 金と銀を、 市の金庫に。 本は、 聖書以外、 焼いた。 司教フランツ・フォン・ヴァルデック。 包囲。 カトリックとルター派が、 一緒に。 4月5日、 復活祭。 マティス。 「神が、 私に、 出撃を命じた」。 20人で。 死んだ。 首は、 槍に。 性器は、 門に。 ヤン・ファン・ライデン。 「私が、 王」。 7月。 一夫多妻。 「増えよ、 地に満ちよ」。 女性が、 男性の3倍いた。 ヤンは、 16人。 マティスの寡婦ディヴァラ。 「王妃」。 反対した鍛冶屋を、 自分で、 広場で、 斬った。 「イスラエルの王」。 「ダビデの王座」。 王冠。 金の。 市場に、 玉座。 硬貨。 「言葉は、 肉となった」。 妻の一人、 エリザベート・ワントシェラーが、 「出たい」と言った。 ヤンは、 広場で、 首を斬った。 他の妻たちが、 周りで、 歌った。 1535年1月、 封鎖が完成した。 飢え。 猫、 鼠、 靴の革、 苔、 白い土。 「神が、 石をパンに変える」。 「出ていく者は、 許す」。 出た者は、 包囲軍に殺されるか、 壁と包囲線の間で、 飢え死んだ。 6月24日、 夜。 裏切り。 ハンス・エックが、 門を。 600人が殺された。 ヤン・ファン・ライデン、 クニッパードリング、 クレヒティング。 1536年1月22日。 市場。 焼けた鉄のやっとこ。 1時間。 舌を、 最後に。 心臓を。 3つの鉄の檻。 ランベルティ教会の塔。 「見せしめ」。 遺体は、 鳥が。 檻は、 そのまま。 1880年、 塔を建て直したとき、 檻も、 戻した。 1945年、 空襲で、 塔が。 1948年、 また、 戻した。 いまも。 夜は、 電球が一つ、 それぞれに。 「ミュンスター」は、 再洗礼派の、 終わりになった。 「再洗礼派は、 暴力的」。 メノー・シモンズ。 1536年。 「平和の再洗礼派」。 メノナイト。 アーミッシュ。 「ミュンスターは、 我々ではない」。 そう言い続けて、 500年。

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