概要
砂漠の岩の谷に、水路とダムで町を作った。乳香と没薬の道の要にあり、岩を彫って神殿の正面を刻んだ。ローマに併合されて商路が変わり、忘れられる。
場所
ペトラ
30.33°N 35.44°E · ヨルダン
30.33°N 35.44°E · ヨルダン
本文
アラビアの遊牧民だった。
年に一度、決まった場所に集まって商いをする。
その集まりの場所が、町になった。
峡谷の奥の盆地。
入口は、幅数メートルの岩の裂け目が1キロ続く。
守りやすい。
水が問題だった。
年間の降水量は150ミリほど。
雨が降れば鉄砲水になる。
ダムと水路と貯水槽を作った。
岩をくり抜いた貯水槽が、いくつも残っている。
乳香と没薬の道の要にあった。
南アラビアからガザへ、 その通行料と中継の利益で富んだ。
岩の壁を彫って、 ヘレニズム風の神殿の正面を刻んだ。
奥は、ただの部屋になる。
正面だけが作られている。
AD106年、ローマに併合された。
商路が紅海の海路に移り、忘れられた。
1812年、スイス人の旅行者が「再発見」する。