概要
北から来たキンブリ人とテウトニ人に、ローマの二つの軍が全滅した。カンナエ以来の敗北で、マリウスの軍制改革を引き出す。
場所
アラウシオ(オランジュ)
44.14°N 4.81°E · フランス・ヴォクリューズ県
44.14°N 4.81°E · フランス・ヴォクリューズ県
本文
ユトランドの方から、キンブリ人とテウトニ人が来た。
数十万とされる。
家族と家畜を連れて、土地を求めて南下した。
ローマの軍を、アルプスの北で二度破っている。
BC105年10月、ローヌ川のアラウシオ。
ローマは二つの軍を出した。
執政官と、前執政官。
二人は仲が悪く、陣を別に張った。
協力しなかった。
一つが崩れ、もう一つも崩れた。
8万人が死んだと伝わる。
カンナエ以来の敗北になる。
キンブリ人はイタリアへ来なかった。
イベリアへ向かい、数年後に戻ってくる。
その間に、マリウスが軍を作り直した。
財産の無い市民を兵にし、 装備を国が持たせ、 退役後の土地を約束する。
BC102年と101年、マリウスがその軍で両部族を全滅させた。
兵は、国ではなく将軍に従うようになった。