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Event / できごと

アラウシオの戦い

Battle of Arausio
BC105年10月6日
重要度 3

概要

北から来たキンブリ人とテウトニ人に、ローマの二つの軍が全滅した。カンナエ以来の敗北で、マリウスの軍制改革を引き出す。

場所

アラウシオ(オランジュ)
44.14°N 4.81°E · フランス・ヴォクリューズ県

本文

ユトランドの方から、キンブリ人とテウトニ人が来た。

数十万とされる。

家族と家畜を連れて、土地を求めて南下した。

ローマの軍を、アルプスの北で二度破っている。

BC105年10月、ローヌ川のアラウシオ。

ローマは二つの軍を出した。

執政官と、前執政官。

二人は仲が悪く、陣を別に張った。

協力しなかった。

一つが崩れ、もう一つも崩れた。

8万人が死んだと伝わる。

カンナエ以来の敗北になる。

キンブリ人はイタリアへ来なかった。

イベリアへ向かい、数年後に戻ってくる。

その間に、マリウスが軍を作り直した。

財産の無い市民を兵にし、 装備を国が持たせ、 退役後の土地を約束する。

BC102年と101年、マリウスがその軍で両部族を全滅させた。

兵は、国ではなく将軍に従うようになった。

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