概要
衛氏朝鮮を滅ぼして郡を置いた。漢の制度と文物が朝鮮半島から日本へ伝わる経路になる。
場所
楽浪郡位置は特定されていない(誤差 ±25km)
38.98°N 125.72°E · 朝鮮民主主義人民共和国・平壌付近
38.98°N 125.72°E · 朝鮮民主主義人民共和国・平壌付近
関わった人(1)
漢の武帝BC156年–BC87年 · 命令本文
漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼし、 朝鮮半島北部に四つの郡を置いた。
そのうち楽浪郡が最も長く続く。 AD313年に高句麗に滅ぼされるまで、420年になる。
平壌の近くから、 中国式の墓と、漆器と、印章が大量に出土する。
意味は、通路としての役割になる。
漢の制度、文字、鉄器、そして仏教が、 この郡を経由して半島へ、 そして日本列島へ伝わった。
倭の使者が漢へ行くとき、 まずここへ来ている。 『後漢書』の「漢委奴国王」の印も、 この経路を通っている。
支配のために置かれた郡が、 文物の中継地として機能した。