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Event / できごと

三家分晋(戦国時代の始まり)

Partition of Jin
BC403年
重要度 4

概要

有力な家臣が晋を三つに割り、周王がそれを認めた。下剋上が公認された年として区切りに使う。

本文

有力な家臣三家が、主家の晋を三つに分けた。

その3人を、周王が正式に諸侯として認めた。

下剋上が公認されたことになる。

司馬光は『資治通鑑』を、この年から書き起こした。 名分が失われた起点だ、という判断による。

以後を戦国時代と呼ぶ。

春秋時代との違いは、 周王を尊ぶ建前が消えたことになる。 諸侯が次々に「王」を名乗りはじめる。

戦争の規模も変わった。 戦車に乗る貴族の戦いから、 数十万の歩兵を動員する総力戦へ。

生き残るために、 身分によらず有能な人材を集める必要が出る。 諸子百家が活躍する土壌になった。

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