概要
ローマが外敵に落とされた数少ない例。以後800年、市が占領されることはなかった。
場所
ローマ
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
41.89°N 12.49°E · イタリア・ラツィオ州
本文
アッリアの川辺で敗れたあと、ローマはほぼ無防備になった。 ケルト人(ガリア人)は市に入り、数か月留まった。
カピトリヌスの丘だけが持ちこたえたという話、 夜襲を神殿のガチョウが鳴いて知らせたという話、 身代金の金を量る秤にケルトの王が剣を投げ入れて 「敗者に災いあれ」と言った話。 どれも後世の脚色を含む。
確かなのは、この経験がローマの記憶に残ったことだ。 市壁が築かれ、軍の編成が改められた。 ケルト人への恐怖は、 350年後にカエサルがガリアを攻める口実の下地にもなる。
以後800年、ローマ市が外敵に落ちることはなかった。 次は410年、西ゴート人による。
出典(1)
塩野七生 『ローマ人の物語』I ローマは一日にして成らず