概要
帝国の大半で奴隷制を廃止した。奴隷ではなく所有者に2000万ポンドの補償を払い、国はその借金を2015年まで返し続けた。
場所
ロンドン
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
本文
奴隷貿易は1807年に禁じられていた。 買うことは禁じたが、既に持っている奴隷はそのままだった。
26年かけて、それも終わった。 1833年8月の法で、翌年8月から帝国の大半で奴隷制が廃止された。 ただしインドとセイロンは除かれ、 「徒弟」という名で元の主人のもとに数年縛る仕組みが付いていた。
所有者には2000万ポンドが払われた。 当時の国家予算の4割にあたる。 奴隷だった人には何も払われていない。 国はこの補償のための借金を、2015年まで返し続けた。
ジャマイカで1831年に起きた大きな反乱が、法を急がせたとされる。 議会の中では、ウィルバーフォースが死の3日前に成立を知った。
『繁栄』は、この廃止を化石燃料と結びつける。 石炭が人の代わりに働けるようになったとき、奴隷は要らなくなった、という筋になる。 そう単純ではない、という反論も同じくらいある。
出典(1)
マット・リドレー(大田直子、鍛原多惠子、柴田裕之 訳) 『繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史』第7章 奴隷の解放