概要
文字というものがある、と知っただけの男が、12年かけて85字の音節文字を作った。文字を「借りた」側の、いちばん分かりやすい例。
場所
ニュー・エコタ
34.54°N -84.91°E · アメリカ合衆国・ジョージア州(チェロキー国の首都跡)
34.54°N -84.91°E · アメリカ合衆国・ジョージア州(チェロキー国の首都跡)
関わった人(1)
セコイアAD1770年頃–AD1843年8月頃 · 作った本文
セコイアは読み書きができなかった。 白人が紙に印を付け、遠くの人がそれを読んで同じことを言うのを見た。 それだけを手がかりに、1809年ごろから文字を作りはじめた。
はじめは単語ごとに一つの印を作ろうとして、多すぎて捨てた。 次に音節に分け、85の印に落ち着いた。 形の一部はアルファベットから借りているが、音は関係ない。 A、B、Dと読める形が、それぞれ別の音節を表す。
1821年に部族の長たちの前で、6歳の娘と離れた場所から文を伝えて見せた。 数年のうちに部族の大半が読めるようになり、 1828年には新聞が刷られ、憲法が書かれた。
音節文字は、覚える数が少なく、英語より短期間で身につく。 その文字を持った民が、1838年に強制移住させられる。
ダイアモンドは、この人を文字の章の中心に置いた。 文字を最初から作るのは数百年かかる。 「文字というものがある」と知るだけで、一人が十数年で作れる。 借りることの力の、いちばん分かりやすい例になる。
出典(1)
ジャレド・ダイアモンド(倉骨彰 訳) 『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』第12章 文字をつくった人と借りた人