概要
明治5年12月3日を明治6年1月1日にした。布告から施行まで23日。閏月のある年の役人の給料を13か月分払わずに済む、というのが大隈重信の狙いだったと本人が書いている。
場所
東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
本文
明治5年11月9日、布告。 「来る12月3日を以て明治6年1月1日とす」。 23日後。 「太陰暦を廃し太陽暦を用う」。 「時刻は24時間、 昼夜平分」。 それまで、 昼と夜を6等分した不定時法。 「明け六つ」「暮れ六つ」。 季節で長さが変わった。
大隈重信『大隈伯昔日譚』。 「明治6年は閏月があって13か月。 役人の給料が月給になったばかり。 13か月分を払う金がない。 太陽暦にすれば、 12月は2日で終わって、 その月の給料も払わずに済む。 2か月分が浮く」。 「私の献策」。 本当かどうかは、 分からない。 分かっているのは、 布告が急だったこと、 暦屋が困ったこと、 明治6年の暦がすでに刷られていたこと。
「神武天皇即位紀元」。 同じ布告で。 紀元2533年。 1873年。 1940年が2600年。 「皇紀」。 戦後、消えた。 「西暦」は、 役所の文書には使わなかった。 明治、大正、昭和、平成、令和。 「太陽暦は西洋の暦」。 「元号は日本の暦」。 両方。
農村は、 旧暦で動いた。 田植えも、 祭りも、 盆も。 「月遅れ」。 8月15日の盆は、 旧暦7月15日の代わりに、 新暦の1か月後。 正月は新暦、 盆は月遅れ、 中秋の名月は旧暦。 いまも。 中国も朝鮮も、 正月は旧暦。 日本だけが、 新暦の正月を祝う。 1873年から。