概要
アフリカで最も長い内戦のあと、住民投票で99%が独立を選んだ。世界で最も新しい国。二年後に大統領と副大統領の派閥が戦い始め、40万人が死んだ。
場所
4.85°N 31.58°E · 南スーダン
本文
1955年、独立の前年に第一次内戦。 1972年まで。 1983年、第二次。 SPLA。 ジョン・ガラン。 ハルツームがシャリーアを南にも課した。 2005年まで。 22年。 死者200万人。 飢饉と病気で。 ヌバ山地、 ベンティウ、 「失われた少年たち」。 2万人の少年がエチオピアへ、ケニアへ歩いた。
2005年1月、包括和平合意。 ナイヴァシャ。 6年後に住民投票。 7月、ガランがヘリで死んだ。 サルヴァ・キール。 2011年1月9日から15日。 98.83%が独立。 7月9日、ジュバ。 バシールが来た。 ハルツームの大統領。 30年戦った相手を、 祝いの席で。 193番目の国連加盟国。
石油の75%が南に、 パイプラインと港が北に。 アビエイ。 どちらのものか、決まっていない。 2012年、ヘグリグ。 南が北の油田を取って、退いた。 石油の輸出を止めた。 1年3か月。
2013年12月15日、ジュバ。 キール(ディンカ)と、 副大統領マシャール(ヌエル)。 「クーデター」。 大統領警護隊の中で。 ジュバでヌエルが殺され、 ボルでディンカが殺され、 ベンティウ、 マラカル。 40万人。 400万人が家を追われた。 2017年、飢饉の宣言。 国連が「飢饉」と正式に言ったのは6年ぶり。 2018年、和平。 2020年、マシャールが副大統領に戻った。 選挙は2024年、 2026年に延期された。
世界で最も新しい国。 最も若い。 最も貧しい国の一つ。 「独立で、我々は解放された。 何から解放されたのか、まだ分からない」。 ジュバのタクシー運転手が、記者に言った。