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Event / できごと

アパルトヘイトの終結

End of apartheid
AD1994年
重要度 5

概要

全人種が参加する選挙が行われ、マンデラが大統領になった。報復ではなく和解が選ばれる。

場所

ヨハネスブルグ
-26.20°N 28.05°E · 南アフリカ

関わった人(3)

スティーヴ・ビコAD1946年12月18日–AD1977年9月12日 · その死が運動を広げたミリアム・マケバAD1932年3月4日–AD2008年11月9日 · 31年帰れなかったネルソン・マンデラAD1918年7月18日–AD2013年12月5日 · 当人

本文

27年収監されていた人が大統領になり、 自分を閉じ込めた側を裁かない道を選んだ。

真実和解委員会は、加害を公の場で証言すれば 訴追を免れうるという仕組みだった。 裁いて終わらせるのではなく、 何が起きたのかを記録に残すことを優先している。

罰を求めた遺族は少なくない。 和解を選んだことへの評価は、南アフリカの中でも割れている。

法の上の人種隔離は終わったが、 土地の所有と所得の格差は残った。 制度を変えるのに数年、その結果を変えるのに何十年かかるかは、 まだ分かっていない。

出典(1)

サミュエル・P・ハンチントン(鈴木主税 訳) 文明の衝突第II部(西洋と非西洋)

同じ時代のできごと

カンボジアの大量虐殺1975年ポルトガル領の独立AD1975年ホクレア号のタヒチ航海AD1976年グリーンベルト運動AD1977年カラクタ共和国の焼き討ちAD1977年2月18日中国の改革開放AD1978年天然痘の根絶宣言AD1980年5月8日フォークランド紛争AD1982年4月2日