概要
全人種が参加する選挙が行われ、マンデラが大統領になった。報復ではなく和解が選ばれる。
場所
ヨハネスブルグ
-26.20°N 28.05°E · 南アフリカ
-26.20°N 28.05°E · 南アフリカ
関わった人(3)
スティーヴ・ビコAD1946年12月18日–AD1977年9月12日 · その死が運動を広げたミリアム・マケバAD1932年3月4日–AD2008年11月9日 · 31年帰れなかったネルソン・マンデラAD1918年7月18日–AD2013年12月5日 · 当人本文
27年収監されていた人が大統領になり、 自分を閉じ込めた側を裁かない道を選んだ。
真実和解委員会は、加害を公の場で証言すれば 訴追を免れうるという仕組みだった。 裁いて終わらせるのではなく、 何が起きたのかを記録に残すことを優先している。
罰を求めた遺族は少なくない。 和解を選んだことへの評価は、南アフリカの中でも割れている。
法の上の人種隔離は終わったが、 土地の所有と所得の格差は残った。 制度を変えるのに数年、その結果を変えるのに何十年かかるかは、 まだ分かっていない。
出典(1)
サミュエル・P・ハンチントン(鈴木主税 訳) 『文明の衝突』第II部(西洋と非西洋)