概要
ヨーロッパとアジアの距離が一気に縮まった。エジプトは建設の負債で英国の支配下に入る。
場所
スエズ運河
30.59°N 32.27°E · エジプト
30.59°N 32.27°E · エジプト
本文
ヨーロッパからインドへの航路が、 喜望峰回りより7000キロ短くなった。
掘ったのはエジプトで、費用もエジプトが多く負った。 数万人の農民が徴発され、 掘削中の死者は数千から数万と推計される。
完成後、エジプトは建設と関連事業の負債で財政破綻した。 運河会社の株を売り、それをイギリスが買った。 1882年に軍事占領され、事実上の保護国になる。
自国を通る運河を掘ったことで、 自国を失った形になる。
1956年、ナセルが国有化を宣言する。 英仏とイスラエルが出兵し、国際的な圧力で撤退した。 運河が誰のものかが決着するまで、87年かかった。
出典(1)
エドワード・W・サイード(今沢紀子 訳) 『オリエンタリズム』第2章 オリエンタリズムの構成と再構成