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Person / 人

ガイウス・ユリウス・カエサル

Gaius Iulius Caesar
BC100年7月12日(13日説あり) – BC44年3月15日(享年55)
共和政ローマ重要度 5

概要

ガリアを征服し、ルビコンを渡って内戦に勝ち、終身独裁官となった。暦を作り直した。

別名

カエサル、シーザー

所属

共和政ローマ

関わったできごと(10)

第一回三頭政治BC60年 · 参加ガリア戦争BC58年 · ローマ側 · 総指揮ルカ会談BC56年 · 三人アレシアの戦いBC52年 · ローマ側 · 総指揮ルビコン渡河BC49年1月10日 · 当人ファルサルスの戦いBC48年8月9日 · カエサル側 · 総指揮タプススの戦いBC46年4月6日 · 勝者ユリウス暦の施行BC45年1月1日 · 施行ムンダの戦いBC45年3月17日 · 自分で戦ったカエサル暗殺BC44年3月15日 · 被害者

本文

名門ユリウス氏族の出だが、家は落ち目だった。 若い頃、スッラの粛清の対象になりかけ、逃げ隠れしている。 海賊に捕らえられたとき、身代金が安すぎると自分で文句を言い、 解放後に約束通り戻って全員を磔にしたという話が残る。

政治家としての手法は、借金と気前のよさだった。 莫大な借金で剣闘士興行と建築を行い、 市民の支持を買う。 返せる見込みは、属州の指揮権にあった。

ガリアで8年かけて、軍と資金と名声を作った。 元老院がそれを取り上げようとしたとき、内戦を選ぶ。

勝ったあとにやったのは、恩赦だった。 敵対した者をほとんど殺していない。 その赦された者たちに刺される。

暦の改革、属州民への市民権、 元老院の拡大。制度として残ったものは多い。

動画(1)

ユリウス・カエサル ― 帝政ローマ、レガシーからの脱却!【COTEN RADIO #142】歴史を面白く学ぶコテンラジオ_COTEN RADIO共和政の制度がなぜ回らなくなったかを、カエサル個人の話より先に説明している