← 地図で見る
Person / 人

サラディン

Saladin
AD1137年頃 – AD1193年(享年56・推定)
アイユーブ朝重要度 4

概要

エルサレムを十字軍から奪い返した。敵からも寛大さを讃えられ、騎士道の理想像として語られる。

所属

アイユーブ朝

関わったできごと(3)

サラディンのエルサレム奪還AD1187年 · 当人ヒッティーンの戦いAD1187年7月4日 · 総指揮第三回十字軍のアッコン攻囲AD1191年7月12日 · 相手

本文

クルド人の家に生まれた。 シリアの支配者ヌールッディーンに仕え、 エジプトへ派遣された。

そのエジプトでファーティマ朝を終わらせ、 自ら実権を握った。 主君の死後、シリアも押さえる。

十字軍国家と戦い続けたが、 休戦と交渉も繰り返している。

ハッティンで十字軍の主力を破り、 エルサレムを取った。 虐殺を行わず、身代金を払えない者の多くを解放した。

第3回十字軍でリチャード1世と戦った。 リチャードが病に倒れたとき、 氷と果物を送ったという話が伝わる。 二人は一度も会っていない。

死んだとき、私財がほとんど無かった。 葬儀の費用を人から借りたと記録される。

ヨーロッパで理想の騎士として語られた。 ダンテは彼を、地獄で罰を受けない場所に置いている。

動画(1)

イスラームの英雄 サラディン 〜十字軍が最も恐れた男の生涯~【COTEN RADIO #311 】歴史を面白く学ぶコテンラジオ_COTEN RADIOクルド人の一族がなぜエジプトとシリアをまとめられたのか。十字軍側の評価も扱う