概要
火器を持つアダルの軍が、剣と槍の高原を14年占領した。教会と写本が焼かれ、エチオピアの記録が断絶する。ポルトガルの銃兵が来て押し返した。
場所
ワイナ・ダガ位置は特定されていない(誤差 ±km)
12.00°N 39.50°E · エチオピア・アムハラ州付近
12.00°N 39.50°E · エチオピア・アムハラ州付近
関わった人(1)
アフマド・グラーニュAD1506年頃–AD1543年 · 総指揮本文
アダル・スルタン国は、エチオピア高原の東の低地にあった。
アフマド・イブン・イブラーヒーム。
左利きなので「グラーニュ」と呼ばれる。
オスマンから火縄銃と大砲を得た。
高原側は、剣と槍が主力だった。
1529年から攻め上る。
シンブラ・クレの戦いで皇帝の軍を破り、 以後14年、高原の大半を占領した。
教会が焼かれた。
写本が焼かれた。
エチオピアの記録が、この時期で断絶する。
皇帝は山中を逃げ回り、ポルトガルに助けを求めた。
400人の銃兵が来た。
指揮官はヴァスコ・ダ・ガマの息子クリストヴァン。
一度敗れて処刑される。
残った兵が高原側に加わった。
1543年、ワイナ・ダガでアフマドが銃弾を受けて死ぬ。
その死で軍が崩れ、占領が終わった。
紅海をはさんだ二つの帝国の、代理戦争でもあった。