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Event / できごと

アムンセンの南極点

Amundsen reaches the South Pole
AD1911年12月14日
重要度 5

概要

北極点に先を越されて、黙って南へ向きを変えた。犬52頭、5人。犬を食べながら。テントと手紙を残した。5週間後、スコットの5人が着いて、ノルウェーの旗を見た。帰りに全員が死んだ。「神よ、ここは恐ろしい場所だ」。日記は翌年見つかった。

場所

南極点
-90.00°N 0.00°E · 南極

関わった人(2)

ロアール・アムンセンAD1872年7月16日–AD1928年6月18日 · 着いたロバート・スコットAD1868年6月6日–AD1912年3月29日頃 · 5週間遅れて着いて、帰りに死んだ

本文

1909年9月。アムンセンは北極点へ行くつもりだった。フラム。 「クックとピアリーが」。 「南へ」。 「誰にも言わなかった。弟レオンと、数人」。 1910年6月、出港。 9月、マデイラ。「南極へ行く」。乗組員に。 スコットに電報。「フラム、南極へ向かうことをお知らせします」。 「スコットはメルボルンで受け取った」。 1911年1月、クジラ湾。「フラムハイム」。 「ロス棚氷の上」。「スコットより60マイル南」。 犬97頭。 「デポ」。80度、81度、82度。 9月8日、出た。早すぎた。マイナス50度。戻った。ヨハンセンが「臆病」と言った。外された。 10月19日。 5人。ビョーランド、ハッセル、ハンセン、ウィスティング。犬52頭。橇4台。 「1日15〜20マイル」。 11月、山。「アクセル・ハイベルグ氷河」。 「屠殺場」。24頭。 「悪魔のダンスフロア」。「悪魔の氷河」。 12月14日。午後3時。 「点」。 「ポールハイム」。 「3日。観測。全員で」。 「テント。手紙。スコットへ。『これをノルウェー王に届けてください』」。 1912年1月25日。フラムハイム。99日。犬11頭。 3月7日、ホバート。電報。 スコット。 1911年11月1日。ポニー、機械橇、犬、人。 1912年1月17日。「黒い旗」。 「神よ、ここは恐ろしい場所だ。そして、最初でなかった我々には、なおさら」。 「帰り。エヴァンズ。2月17日。オーツ。3月17日。『少し外へ出てくる。しばらくかかるかもしれない』」。 3月29日。「あと11マイル」。 「これらの走り書きと我々の死体が、物語を語る」。 11月12日。テント。 「アムンセンの手紙も、そこに」。 「イギリスは、スコットを英雄に。アムンセンを『犬を食べた』」。 「アムンセンは、計画で勝った。スコットは、書いて残った」。 「スコットの日記」。 「アムンセンは、日記に、あまり書かなかった」。 「スコット基地。アムンセン・スコット基地」。 「南極点の、アメリカの基地の名は、二人」。 「点は、氷が動くので、毎年、標を移す」。 「1月1日」。 「ポールハイムは、氷の下」。

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