概要
イングランドの長弓兵が、フランスの騎士とジェノヴァの弩兵を丘の上から射倒した。騎士の時代の終わりの始まり。16歳の黒太子が前線で戦い、父は「息子に拍車を得させよ」と援軍を送らなかった。
場所
50.25°N 1.88°E · フランス・ソンム県
関わった人(2)
エドワード3世AD1312年11月13日–AD1377年6月21日 · 王エドワード黒太子AD1330年6月15日–AD1376年6月8日 · 16歳本文
1346年7月、エドワード3世がノルマンディーに上陸した。 カーンを焼き、 セーヌを渡り、 ソンムを渡り、 クレシーの森の縁の丘に陣を敷いた。 8月26日、夕方。 フィリップ6世の軍が追いついた。 2万から3万。 イングランド、1万2000。
長弓兵。 ウェールズとチェシャーの農民。 1分に10本。 ジェノヴァの弩兵6000が前に出た。 雨で弦が緩んでいた、と伝える。 盾(パヴィス)は荷馬車の中だった。 射程で負け、退いた。 フランスの騎士は「臆病者」と言って、 自分の弩兵を踏んで前に出た。 15回、あるいは16回。 夜まで。 イングランドの騎士は馬を降りて、弓兵の間に立った。
ボヘミア王ヨハン、盲目。 「私を戦いの中へ連れて行け」。 騎士たちが馬の手綱を互いに結んで、 王を真ん中に突撃した。 翌朝、全員が結ばれたまま死んでいた。 黒太子はその紋章「三枚の羽根」と標語「イッヒ・ディーン」を取った、と伝える。 いまもプリンス・オブ・ウェールズの紋章。
黒太子は16歳で、 右翼にいた。 ウォリック伯が援軍を求めた。 エドワード3世は風車から見ていた。 「息子は死んだか、負傷したか」 「いいえ」 「では援軍は送らない。 今日は息子のものだ。 息子に拍車を得させよ」。 フロワサール。
フランスの死者。 王の弟アランソン伯、 ロレーヌ公、 フランドル伯、 ブロワ伯、 騎士1500、 兵1万以上。 イングランド、数百。 大砲があった、と言われる。 最初の戦場の大砲。 音だけだった、とも。
フィリップ6世は夜、負傷して逃げた。 「フランス王の運命」と言って城の門を叩いた。 エドワードはカレーへ。 1年の包囲。 1347年8月、カレー。 「6人の市民」。 ロダン。