概要
朝鮮水軍が日本の補給線を断った。陸で優勢だった日本軍が、海で足を止められる。
場所
閑山島
34.79°N 128.49°E · 大韓民国・慶尚南道
34.79°N 128.49°E · 大韓民国・慶尚南道
関わった人(1)
李舜臣AD1545年4月28日–AD1598年12月16日 · 朝鮮側 · 総指揮本文
李舜臣が、日本の水軍を破った。
鶴翼の陣を使った。 狭い海峡から広い海へ誘い出し、 両翼で包み込む。
朝鮮側の船(板屋船)は、平底で頑丈だった。 砲を積み、体当たりに耐える。
日本側は、接舷して斬り込む戦い方が主になる。 砲撃で近づく前に沈められた。
亀甲船が使われたとされるが、 この海戦での投入については議論がある。
意味は、補給線を断ったことになる。
陸では日本軍が平壌まで進んでいた。 だが、海路で兵糧を運べない。
以後、戦線が動かなくなる。
李舜臣は後に讒言で失脚し、 一兵卒に落とされた。 後任が大敗した後、再び起用される。
そして最後の海戦で戦死した。