概要
王妹とプロテスタントの王子の結婚式に集まったユグノーの貴族が、夜明けの鐘で殺された。パリで3000人、地方で数万。教皇は感謝のミサをし、メダルを打った。国王が自分の臣民を殺した、と歴史は書く。
場所
48.86°N 2.35°E · フランス
本文
1572年8月18日。 パリ。 ノートルダム。 マルグリット・ド・ヴァロワ。 王妹。 アンリ・ド・ナヴァル。 プロテスタント。 19歳。 ブルボン。 「ユグノーとカトリックの、 和解の結婚」。 シャルル9世、 22歳。 母カトリーヌ・ド・メディシス。 ユグノーの貴族が、 数千人、 パリに来ていた。 コリニー提督。 ユグノーの頭。 王の側近になっていた。 「オランダに、 スペインと戦うために、 軍を」。 カトリーヌは、 それを、 嫌った。 ギーズ公は、 コリニーを、 父を殺した男と、 憎んでいた。 8月22日、 金曜。 コリニーが、 ルーヴルから、 帰る途中。 窓から、 火縄銃。 右手の指と、 左腕。 死ななかった。 王が、 見舞った。 「私が、 犯人を、 見つける」。 ユグノーは、 怒った。 「ギーズか、 カトリーヌか」。 8月23日、 夜。 ルーヴル。 カトリーヌ、 アンジュー公(のちのアンリ3世)、 ギーズ公、 王。 「ユグノーが、 反乱する」。 「先に」。 王は、 言った、 と伝える。 「殺すなら、 全員、 殺せ。 一人も、 残して、 私を、 責めさせるな」。 8月24日、 聖バルテルミの日。 日曜。 午前3時。 サン・ジェルマン・ロクセロワの鐘。 ギーズ公が、 コリニーの家へ。 ベーム。 ボヘミア人。 剣。 窓から、 投げた。 ギーズ公が、 顔を、 確かめた。 首を、 切った。 体は、 群衆が、 引きずり回して、 セーヌへ、 モンフォコンの絞首台へ。 市の民兵。 白い腕章、 白い十字。 「王の命令」。 ユグノーの家に、 印。 ルーヴルの中。 ナヴァルの家臣たち。 中庭で。 ナヴァルと、 コンデ公は、 「改宗するか、 死ぬか」。 改宗した。 街。 3日。 妊婦、 子供。 印刷屋、 書店、 学者。 ラムス。 哲学者。 セーヌが、 赤く。 「2000人」。 「3000人」。 8月26日、 王は、 高等法院で、 「私が、 命じた」。 「ユグノーの、 陰謀を、 防ぐため」。 地方。 オルレアン、 リヨン、 ルーアン、 ボルドー、 トゥールーズ。 10月まで。 「5000人」から、 「3万人」。
ローマ。 グレゴリウス13世。 「テ・デウム」。 感謝の礼拝。 メダル。 「ウゴノトルム・ストラゲス」。 ユグノーの殺戮。 ヴァザーリに、 ヴァチカンの、 「王の間」に、 フレスコ画を。 いまも、 ある。 フェリペ2世。 「笑った」。 「生涯で、 初めて」。 エリザベス。 黒い喪服で、 フランス大使を、 迎えた。 イヴァン雷帝。 「フランス王は、 野蛮」。
シャルル9世。 1574年、 死んだ。 23歳。 結核。 「血の汗」。 「私は、 何をしたか」。 「あの血が、 見える」。 アンリ・ド・ナヴァル。 1576年、 逃げた。 また、 プロテスタントに。 1589年、 アンリ4世。 1593年、 また、 カトリックに。 「パリは、 ミサに値する」。 1598年、 ナント。 「王は、 自分の民を、 殺した」。 「国家が、 殺した」。 そう書かれる。 1997年、 ヨハネ・パウロ2世。 パリ。 「キリスト教徒が、 キリスト教徒を、 殺した」。 「恥ずべき」。 425年。